イヤホンズConcept EP「identity」発売記念「手話あいらんど」インタビュー(前編)
9月22日に発売したイヤホンズConcept EP「identity」
目と耳で楽しめる作品として世に出された今作では、収録されている楽曲「はじめまして」のMVで手話が取り入れられた。声優として今まであまり接点の多くなかった“耳が不自由な方”に対してもイヤホンズの音楽を楽しんで頂き、“はじめまして”という体験ができたらという想いが籠められている。手話の監修、および振り付けを担当したのは、手話をエンターテイメントとして取り組み、ろう者と聴者が共に作品を作り続けている「手話あいらんど」。今回は手話あいらんどから「はじめまして」に携わった南瑠霞・いくみの両名へのインタビューを通して、楽曲と手話の世界を伝えたい。
――みなさんは、普段はどのような活動をされているのでしょう?
南:
「エンターテイメントの分野」としての手話に特化し、舞台や映像出演活動などを広く行っています。手話ミュージカルや手話ライブなどを各地で展開、今回イヤホンズさんとやり取りさせていただいたように、アーティストさんへの手話指導のほか、ドラマに出てくる手話シーンの監修などもさせていただいています。
――活動を始められたきっかけは?
南:
最初は、きいろぐみという手話パフォーマンス集団を立ち上げ、路上ライブなどを行っていました。ここから、活動が広がっていきました。それをきっかけに、レコード会社やテレビの制作会社などの目に触れることとなりました。かつては、渋谷ハチ公前で、小さい投げ銭ライブのつもりで行った路上パフォーマンスが、200人の観客を集めたこともありました。
――曲の歌詞を手話で表現する際に、気を付けていることや難しさはありますでしょうか?
南:
私たちがそのことについて説明する際に、例えとしてご紹介している曲があります。
「大きな古時計」と『アナと雪の女王』の「Let It Go」です。確かアメリカ生まれの「大きな古時計」ですが、日本語詞で「100年休まずに、チクタク・チクタク」とうたわれている有名なフレーズの部分は、実は本来の英語詞では、「Ninety years without slumbering Tick, tock, tick, tock,・・・」つまり、「90年休まずに・・」と歌われています。もともと英語では「90年」だったはずの歌が、日本語詞では「100年」に変わっているんです。これは、日本語詞を作られた方が、「英語が示す90年」を、日本人の心に響く「人の人生の単位」として「100年の方が、ニュアンスが近い」と感じて、選んだ翻訳です。この方は、「数字で見た正確さの90年」ではなく、意味合いとイメージに合う「100年」を選んで、歌詞を差し替えておられるようです。「一人の人生」という長い時間をどのような数字で表すか? 日本とアメリカだと微妙に解釈が違うと言えるのかもしれません。
「Let It Go」も、世界各国の言葉で訳される際、キャラクターの口の動きにあわせて韻を踏んだり、言葉や文節を入れ替えたりしているので、元の詞とはかなり違うものになっている場合もあります。その国や地域ごとに「この意味なら、この訳し方が一番しっくりくるよね」という形があるというか、同じ意味合いでも、自然な言い回しにすると元ある単語や表現は、まったく使わないといった場合も出てきます。こうした、翻訳は、単なる文字面の翻訳ではなく、聞き手の国や地域の文化に即した訳がなされていると言えるかもしれません。つまり、歌の翻訳とは、言葉の翻訳であると同時に、「文化の翻訳」でもあると言えると思います。
こうした例を考えてもわかるように、違う言語を翻訳するということは、その国や地域の文化ごと意味をとらえる必要が出てきます。これと同じことが、日本語の歌を手話にするときでもおこってきます。日本語の歌詞を、単に、そのまま手話単語にして並べても、文法的に意味がつながらなかったり、違った意味になってしまうこともあります。正しく訳しても、音楽の長さに合わない場合もたくさんあります。最終的に、日本語の歌詞の意味や思いが、手話でナチュラルに見る人に伝わるかどうかを考えることは、重要です。
いくみ:
今回、「はじめまして」のMVの中に「声に出して」という日本語詞が出てきますが、手話ではこれを「言う、私」と表現しています。ろうの人にとって手話の「声」という単語は、「発声」「発音」「日本語を音声で発語する」という意味合いが強くなってきます。どちらかというと、「声帯でのどを震わせる」とか、「口の形で発声をつかさどる」とか、そういった意味にとらえられる場面も少なくありません。ですから、これをそのまま、「声で言う」という手話単語にすると、ろうの人にとっては「聞こえる人に合わせて、手話ではなく、音声で話す。」という意味に近くなってしまう場合があります。
一方、歌詞の「声に出して」はそういう意味ではなく、「思いを伝えるために言葉にして表現する。伝える。」という意味なので、歌詞の意味を、手話でどう表せばしっくりくるだろうと考え、「言う・私」という表現になっています。
南:
多くの聞こえる人は、「声に出して」という言葉を聞くと、どうしても「声」という手話単語をやりたくなってしまうと思うのですが、「声」という単語は、ろうの人にとって、ちょっと私たちが思っているのとは、違った意味合いになる場合もあるということですね。なかにはMVを見て、「あれ?声という手話単語を使ってない」「間違ってる?」と思う方もいるかもしれませんが、私たちは手話表現を作る際には、本来の意味が伝わるようにしたい、ということを、いつも考えています。
――普段はどのような理念で活動されているのでしょう?
南:
手話は、聞こえない人の大事な言葉ですが、聞こえる人にもまた大いなる芸術になりうるという点を、大事にしたいと考えてこの活動を続けています。私たちは「舞台活動」をしているので、少しでも多くの方が、作品を観に来てくださって、心豊かになってもらえればいいなと思っています。「ろう者と手話の立場から」活動を行い、それが作品となって、多くの人の目に触れていくことを願っています。耳が聴こえない人たちとその言語こそが、舞台から作品となって解き放たれ、多くの聴こえる方たちもまた、夢を感じて帰ってもらいたいということですね。手話は、聞こえない人も、聞こえる人も、多くの人にとって元気をもらえる表現手段の一つだと思っています。
いくみ:
私は中途失聴で二十歳のころから声が聴こえなくなり始め、そこから手話を使って暮らしているのですが、周りから「かわいそう、何かあったら助けてあげるよ」と言っていただいて。優しい気持ちからくるものだとは思うのですが「私ってかわいそうな人なの?」と、かえって落ち込むこともあります。今、私が参加している「手話パフォーマンスきいろぐみ」に対しても、最初は「健常者がろう者を一生懸命手伝って、フォローして劇団を作っているんだろうな」というイメージがありました。でも、実際にステージを観たら、ステージ上の約10人全員が手話で歌って踊り、そのうち、だれが健常者でだれがろう者なのか、わからなかったんです。むしろ、ろう者は、情報の発信者で夢を配る側だった。私が手話で舞台に立つきっかけになったのは、そのステージでしたし、「ここならアイデンティティを持って活動ができる」と思いました。
――イヤホンズについての印象は?
いくみ:
アニメは普段あまり観ていないので、声優さんがどのような活動をしているのかを実は知らないんです。ですので、こうしてお仕事でご一緒できるのを楽しみにしていました。
――「はじめまして」の歌詞を見たときの所感を教えてください。
いくみ:
様々な国や地域の言葉で「はじめまして」が歌われているなかで、ひとつの言語として手話を使ってくださったのがすごくうれしかったです。例えば「外国語を覚えたい」と思い、参考書を買いに本屋に行ったとします。英語や中国語、フランス語など、言語の参考書がある棚に、手話の本は置いていないことが多いんです。多くの場合、手話辞典などは福祉のコーナーにあるんです。手話って言語じゃなくて福祉なのかなって。それもあって、ひとつの言語として扱ってくれていることがすごくうれしかったです。
――イヤホンズの皆さんが、手話を理解するために、まずは手話体験を実施したと伺いましたがそのことについて教えてください。
南:
最初にプロデューサーさんから「手話を知らない方が、ろう者に会ったときは最初にどうすればいいのか?」と聞かれたのですが、それがまさに手話における「重要な基本」。そこで「講義をする時間はいらないので、実際に2時間くらい、ろうの人とみんなが声を使わずにお話をする時間をください」とお願いしました。通常、ドラマや映画の現場でも、まったく同じ方法で、最初のレッスンを行います。
最初のレッスンには、役者さんたちのほか、プロデューサーさんや演出家、カメラなどの、スタッフの方々も参加していただいています。実際にろうの人を囲んでコミュニケーションを取っていくうち、役者さんなら、例えば自分が「耳の聴こえる役柄」だったとして、目の前に「聴こえない役の方」がいたら、どう対応しなければならないのか? 演出家であれば、本来聞こえない人はどんな風に人を見つめているのか、手話はどのように言葉となって人に向けられているのか? そういったヒントが、すべてレッスンのやり取りの中に、入っているんです。こちらが口で説明するよりも、実際にその場の空気を味わってもらったほうが、ご本人たちの理解が早いと思いますし、そのような空間を作るのは大事だと考えます。手話を知らなくても、自分のことを指して“私”と伝えたり、口を動かして“食べる”ということを表現したり、そうしていくうちに、ろうの人が「手話では、それは、このように表現します」と伝えていったりして、手話を知らない方も徐々に、手話を話の中身ごと理解していきます。そうすることで少しずつ両者の会話が成立していく。その過程を自分がいままで経験したことのない視点で体験していただくことが手話を理解する上で必要だと思い、イヤホンズの皆さんや、プロデューサーさんにも、ろう者と一緒に声を使わないコミュニケーション空間を、まずは体験して頂きました。
いくみ:
イヤホンズの3人が目をキラキラさせながら、すごく前のめりに学んでくれたので「自分も負けないように」という想いで臨みました。3人とも「こういうことを伝えたい」という気持ちがすごくある中で声を使わないコミュニケーションでそれをどのように表現するか、ということをずっと考えてくれていて。最初は身振り手振りから、徐々にコミュニケーションが取れていくと、「こういう表現は手話ではどうやるの?」というようなメッセージを身振り手振りで伝えてくれて。「もっと手話を教えて!それを使ってたくさん話そう!」というような気持ちが伝わって来て、3人ともさすが表現のプロだなと思いました。
――振り付けの現場にも行かれたそうですね。
いくみ:
振り付けの現場でも、多くのことをレクチャーさせて頂きました。たとえば英語でも、同じことが起こると思いますが、単に歌詞を見せられても、それが知らない言葉だと、話の区切り方やリズムがよくわかりません。それと同じで、音楽のどこに手話がはまるのかというのは、とても難しいんです。ある程度の手話の知識がないと振り付けに反映させるのが難しいので、私たちも立ち会ってレクチャーさせていただきました。例えば「乗り越えて」という歌詞の場合だと、手話では壁を乗り越えていくという表現をするのですが、リズムに合わせるとどうしても壁の方が目立ってしまうんです。ちゃんと乗り越えていくことが強調されるような意味になるよう、練習の時も、頑張りました。
南:
手話は、手の動きにそれぞれきちんと意味があるので、なんとなく手の位置がずれてしまうだけで、意味が伝わりづらくなってしまいます。例えば、「歌いましょう」という歌詞の場合、口元から声が広がっている様子を表現しているので、その手が口の位置から始まるようにするなど、みんなで一生懸命チェックしました。また、手話では、表情も大事な伝達手段の一つですが、こちらは、さすがイヤホンズの皆さんで、それぞれの意味を手話から感じ取り、場面場面で適切に、自然に表現してもらえたと思っています。時には困った顔、時には楽しい顔と、その言葉の持つ意味を、見る人にも楽しんでもらえると嬉しいです。
――ライブで、イヤホンズとお客さんとで、手話でコール&レスポンスができたら楽しそうですよね。
いくみ:
それはとっても素敵ですね! SNSで「3人が手話を始めたのなら、自分もやってみようかな」というメッセージなども見て、これをきっかけに手話の輪が広がっていけばうれしいと思いました。かわいいダンスを見たら「自分もやってみたい」と思うでしょうし、手話にも同じことが当てはまるんじゃないかと思います。
(後編に続く)
■手話あいらんど
手話をエンターテイメントして、人々の心に夢を届ける総合カンパニー。手話パフォーマンスきいろぐみのプロデュースに取り組むほか、映画等の映像やアーティスト作品への手話指導、手話辞典の編纂、手話教室の展開などを行っている。
https://www.shuwa-island.jp
■手話パフォーマンスきいろぐみ
手話あいらんど所属チーム。手話のパフォーマンス活動で、手話ライブなどを全国展開。
「手話ミュージカル」「手話による朗読劇」など作品多数。
※南 瑠霞ときいろぐみの活動経歴はこちら
https://minamiruruka.seesaa.net/article/481590629.html
★南 瑠霞(みなみ・るるか)
手話パフォーマンスきいろぐみ代表。厚生労働大臣公認 手話通訳士。
手話パフォーマー。手話コーディネーター。
(株)手話あいらんど 代表
★いくみ
手話パフォーマンスきいろぐみ デフキャスト(耳の聞こえない役者)。
これまで、手話パフォーマー・ろう者女優として、出演作品多数。
各地で、手話による司会などでも、活躍中。
このほか、アーティスト手話作品指導など。