MV解説

23.08.31

『襲撃』Music Videoをめぐって──夏の日のシナリオとともに(映画監督 山戸結希)




〈運命的な一通の手紙について〉
(ⅰ)因果
海の波間に、ガラス瓶がたゆたい、流れてくる。
それを掬ったのは、重喜という名を持つ青年である。
瓶の中から、ぼろぼろの手紙を取り出す重喜。
──おかしな話だが、予感だけが到来していた。
重喜は、これからこの身に起こる悔しさ、取り戻せなさ、零れ落ちてゆく今をわかっている。
だから、古ぼけた紙の重なりを解く瞬間から、手が震えた。
こうなると、どうしていつも、これまでずっと、こういう類の予感だけが鋭く自分の中にあるのかがわからない。救われるよりも、心を滅せられることばかりに敏感なのだ──そうして、見事、的中する。
手紙は、自分自身へと向けられたものだった。
されども夢のようだ!こんなことがあるのか?
いや、たしかにあるのだ、現に、手のひらの中に。
確信も行き過ぎれば、改めて自己を疑いたくなるものだが、それでも、疑いようこそがない。書き文字。言葉遣い。器用なアンバランス。知らされる匂い。
これは、自らをかたちづくる、過去そのものへと宛てられた手紙である。
そして、そんな手紙を自身へと送りつける人物も、たった一人しか思い浮かばない。そこにおいてのみ、裏切りがない。
(ⅱ)記憶
重喜は、いざ、その筆跡を追おうと決めるけれども、とても出来ぬとも思われ、逡巡する。
しかれども、頭よりも刺激に実直たる肉体の末端の責務として、指先はテキストをきつく離さず、導かれたまなざしたるや釘付けだった。精神よりも肉体の渇きが、言の葉を求めた。生きる獲物を射るように、突き刺された手紙。血の滴りすらを感じて。
──たしかめてみると、記憶していた内容とは、違った。
印象よりも幼く、まだ、わかっていなかったのだと知る。
だからこそ、純然な悪があるとも思われた。
ただ心からの奔放さで、防ぎようがないかたちで、反故にされたのである。
純粋さにこそ歪められた、そのあとに育つべき精神があった──果たして失われたのだが。
得た、陥穽(おとしあな)。急カーブ。回り道。踏み外すためにあるらせん階段。
元来の人生にそもそも組み込まれているものだったかもしれないのに、この手紙が呼び起こしたものだという誤認を、大人になった今も捨てられていないことそのものに、呆れる。親でもなければ与えられないものを、相手に期待したのは自分であるのに。否、神でもなければ与えられないものすらを、期待していたのかもしれないのに。
それを一心に向けられた、相手方の不幸もあるだろう。
結果として、彼の身の軽さがそれを免れたというだけの。
つまり、総体としては祝福されるべき別れだったのである。
沸々と込み上げてくる、諦念と執着、慈しみと怒りとが混濁した感情。
置き去りにされた、運命的な交錯。
あんなにも、完璧だった二人。
散らばったピースの最小単位までもが、あの頃の二人だけの所与であり、もはや取り戻すことなど、絶対にできない。
その「絶対」を受け容れられない強情さが、全ての諸悪を招いたのでは?
いや、相手だって、あの頃は──相手もまた、鏡のように、いた?
(ⅲ)起爆
立ち上がる重喜。岩場をいざ登ってゆく。これまで、生きてきた方法で。つまりは、命からがらの四肢で。
向かうべく先──わかっていた。歴然たることだった。
そこでは、志磨遼平が、歌っている。
このひとは、飛行機の飛ぶ空を背負う。重喜といえば、ひこうき雲のもとに立つ。
こんなふうだった──いつも、影響下だった。
それがどうだ、今日の導火線はこちらが刻下握りしめ、踏みしめる足の裏に真実がある。
さすらば一目散に駆け降り、飛びかかる重喜。
ドレスコーズの緋色のマントが、空に舞う。
(ⅳ)襲撃
吠えながら縋り付く。傷を舐め合うがごとく。捨て犬のようになって。負け犬と勝ち犬、負けるが勝ち。大人になっても、不揃いのワルツを踊って。戯れ合うことと抱き合うことに、あの季節、どんな差異がありえたと言うのか?思い出よ。少年時代が迫り上がる。いつも、そうやって笑って崩れ落ちるまで。悪ふざけの眩しさを、光として。
(ⅴ)終劇
因縁の手紙を前に咄嗟、「どうか、燃やさないで。なかったことにしないで」と、懇願する重喜。
もう、負けても良いのだから。
それに応じるように、ドレスコーズは、手紙をガラス瓶に詰め、海へと投げる。
まだ、勝負はこれからなのだ。
因果だけが、二人を約束するだろう。
(ⅰ)因果
瓶は宙を泳ぎ、波に漂い、今にも流れゆく──
フェード・アウト。
そして、また繰り返す。夏が来る。
ギターが掻き鳴らされる。時を超え、何度でも。
襲撃すべし、この生を。                                                                                                                

(了)



山戸結希(映画監督)